民話の地を訪ねる名古屋編1
不思議な樟・小泣き石の地蔵様・力小町
◆名古屋市内中心部の民話の地を訪ねる。ネットで調べ凡その見当をつけてみた。民話の中で神社やお寺が出てくると場所の特定はし易いが中には聞き取り難いものもある。神社やお寺はほぼ実在 残っていることが多い Y君を誘いお寺巡り 
  2021/09/15(水)   晴 山口君と      総距離 6.7km
ルート 勝川駅(11:00)→JR中央線→金山駅(11:27)→松原公園(11:38)→松原緑地(12:05)→観音寺(12:47)
→ナゴヤ球場(13:05)→尾頭橋→元興寺(13:23)→金山駅→JR→勝川駅(14:19)
 総距離 6.7km
不思議な樟(松原緑地)
 
勘違いの松原公園 大楠
「不思議な樟」には神社やお寺は出てこない。公園は出てきたが園名は出ず (旧名)松原村なら松原公園かとアタリをつけ行ってみた。公園内をウロウロ探すもそれらしい樟の木は見られず 訊ねて もっと北の方に”それかも”と聞き向かう。
木の茂みが見えるたびに寄ったりして 800m程歩き日置神社(西脇公園)着 その奥に大木が見え松原緑地となっていました。大楠は戦災で幹の部分が焼けて枯れてしまったようですが残っている部分だけでも大きさは図り知れ充分往時が偲ばれました。生命力は凄いもので根元から『ひこばえ』(2世)が成長 緑豊かで大楠を充分補っています。大楠は弘法大師が植えたとされ 織田信長が出陣の際戦勝祈願したと言われています。周りはフェンスで囲われ立ち入り禁止になっています。諦めかけた民話の大楠に巡り会えて大感激です。
不思議な楠(中央部欠損)
民話では百姓”大吉佐”が市場の行き帰りの度に この楠の下で休憩したといわれています。
  
小泣き石の地蔵様(観音寺)
松原緑地から堀川に出て川沿いを南下 中川運河に出て右折 松重閘門(川の接点?)を過ぎる。鉄道の高架を潜って南へ少しで『観音寺』到着 お寺は無住(?)の様子 2体の地蔵が寂しげでした。どちらが小泣き石の地蔵なんだろう?
 
観音寺の地蔵様 右の石仏裏(1821年)
◆名古屋城築城の際の運搬に使われた堀川に纏わるお話 城の石垣に使われず堀川に沈んでしまった石が悔やんで泣くという。それを鎮めるためにその石で地蔵を彫り 露橋村の観音寺に祀られてから泣くことはなくなったという。右の地蔵裏に文政四とあり名古屋城築城が1609年だから200年後 少々長過ぎ? 左かな? 子授かり・子護りにご利益があるといわれ多くの参拝者があるという。  
  
力小町(元興寺)
観音寺を出て東の道路で右折南下 すぐにナゴヤ球場が見えてくる。オリックスとの2軍戦 無観客試合で14:00開始とのこと 尾頭橋へ出て堀川を渡り『元興寺』着 標示板はあったがすでにお寺は替わっている様子
 
尾頭薬師如来 元興寺由来
元興寺は道場法師が建立とある。民話には触れられていないが道場法師の孫にあたる『花乃』(文字不明)が主人公なので民話の地で間違いないであろう。まさか民話の舞台の川が堀川じゃーあるまい。(この時代堀川はないか?)
◆霊異記の道場法師説話についてが詳しい 霊異記中巻二十七話に『力小町』のことが書かれている。力持ちの孫娘は出てくるが『はなの』という名は出てこない。東海ラジオはどこから??  
地方の寺社に比べ風情に欠けるのはやむを得ないがコンクリートジャングルに囲まれ密やかに生き残っているさまは”もののあはれ”だろうか
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